6.雑草対策としての田面のボカシ散布について

目次

*雑草対策としての田面のボカシ散布について

1)ボカシ散布の立脚点 ~イマジネーションは有用微生物の活性化~ 

2)ボカシ散布の発祥の地

3)ボカシの効果が出やすい圃場条件 ~田んぼが温かいこと~

4)ボカシによる雑草制御の実際

(1)技術の土台部分 

(2)育土への連動

(3)ボカシ散布は力技にあらず

5)様々な圃場条件にどこまで対応できるか?

(1)ボカシを工夫する ~田んぼに合わせる~

(2)立脚点は微生物の活性化 ~ボカシを使い分ける~

(3)研究視点 <紹介1>

(4)冷水黒ボク水田に対応する ~土ボカシという発想~ <紹介2>

6)技術的補足

(1)ボカシ散布時期

(2)ボカシ材料

(3)ボカシ散布量

コラム8

コラム9


*雑草対策としての田面のボカシ散布について

私はこれまで、宮城県(東北地区)、岡山県(中国地区)、長野県、京都府を拠点に、数百の自然農法田を、年間を通して観察しました。農家現場で思うような結果が出ない日々、田んぼの中で、ずっと考え続けてきました。「何故雑草は生えてくるのだろうか?」

例えば、ボカシ散布が雑草制御に効果的(理想的)に働いていると‘感じた,田んぼは、その内半数にも満たなかったのです。これは一体どういうわけでしょうか?先に、ボカシ散布による雑草制御効果は「土の状態いかんにかかっている」こと、すなわち「土壌微生物相の差に集約されてくる」ことについて述べてきました(序章参照)。つまり、雑草発生の条件が一定以上に整っている田んぼ(土壌状態)では、いくらボカシや米ぬかを散布しても、いずれ雑草はそれ以上に発生してくる可能性を潜在的に秘めています。

そう、田植えの時点で、つまり田植え前の植え代かきが終わった時点で、“雑草がどれほど発生するかは既に決まっている”と言っても決して過言ではありません。

しかし、必ずしも受け入れ側(土)の問題ばかりとは限らないかもしれません。例えば土壌状態がある種のボーダーライン上に位置する場合は、技術的要点(ポイント)を抑えることで、雑草制御効果が高まる可能性を秘めているかもしれません。ここではボカシ散布の技術的要点について、順を追いながら説明していきたいと思います。

(序章から再掲載)ちなみに現在、我が農園(京都丹波の里はらだ自然農園)では、田植え後のボカシ散布は実施していません。後述しますが、主な理由として、雑草対策へのアプローチの見直し、食味へのこだわり、専業農家としての規模拡大に伴う労力削減があげられます。しかし、それはあくまで当地におけるひとつのやり方であり、雑草対策としての米ぬか・ボカシの田面散布は、お米の無農薬栽培の重要な技術のひとつであり、いつでも使えるように引き出しの中に大切にしまっておきたい技術です。

1)ボカシ散布の立脚点 ~イマジネーションは有用微生物の活性化~

ボカシ散布の‘立脚点,については、序章で詳しく述べましたので、キーワードとなる部分を抜き出して以下に列挙します。

  1. 土が良くなると草が減る。
  2. 良い土とは有用微生物群が十分に生息活動している状態である。
  3. 「イネが良く育ち、雑草が少ない田んぼ」は、良質なトロトロ層(トロ土)が発達し、表層土壌に層の明確な分化が見られる。
  4. トロトロ層は、腐植と粘土を中心に微生物やイトミミズなどの働きが加味されて形成される。
  5. 同じ有機物を施用しても、田んぼによって反応がまるで異なる。それは「土壌微生物相の差(違い)」に起因すると見られる。
  6. 雑草の‘土を肥沃化する,という自然界における働きからは、雑草対策における立脚点は、‘排除,ではなく、‘育土,にあると考えざるを得ない。
  7. こうした観点に立脚する場合、「田植え後に散布する米ぬかやボカシは、雑草を直接的には抑制せず、2次的3次的に関与する程度であって直接的には‘育土,に連動するものである」と考える方が妥当である。つまり「ボカシは土壌生物のエサであり、有用微生物を始めとした土壌生物の活性化に伴う土壌の活性化(土が良くなること)に直接的に連動する」ことによって雑草の制御が可能になる。
  8. 「同じように有機物を施用しても、土が受け入れず余剰分が溢れだし(腐敗的に分解される)それを吸い取るかのように雑草が多発するような印象を受ける田んぼもあれば、反対に有機物が生命循環の輪に見事に取り込まれていくような‘感覚,を覚える田んぼもある。」ボカシ散布の‘効果,は、まさにこの‘感覚,に集約されてくると考えられる。

さて、こういった考え方については、違和感を持たれる方が多いと思われます。何故なら、一般的に認知されている‘ボカシや米ぬかの除草効果,はボカシや米ぬかが水中で微生物により分解されることによる‘急激な還元化,や‘一定量の有機酸の発現,により、雑草の発芽初期の幼芽を抑制するという観点に立ったものであるからです(序章参照)。私はこの化学的根拠を否定するつもりは全くありません。上記7で述べたように、有機物は微生物の基質(エサ)であり、微生物の活動に伴う還元化や有機酸の発現は当然見られることであり、雑草に対しても何らかの影響を与えると考えることは極めて自然なことです。研究レベルでは‘機作(きさ),の可能性を探り明らかにしていくという命題があります。

ここで強調したいことは、ただひとつです。農家現場として‘立脚点,をどこに取るか、すなわち‘栽培のイマジネーション,の持ち方です。ボカシを散布する時‘雑草種子から出た幼芽の抑制,を思い浮かべるのと、‘有用微生物を始めとした生き物の生命,を思い浮かべるのとではまるっきり‘栽培のイマジネーション,が異なるということです。栽培のイマジネーションが異なるということは、方法にも違いが生じる可能性があるということです。私は自身の体験から後者の方が、地域が違っても、気候が変わっても、また田んぼの条件がまるで異なっても、臨機応変に対応できる‘要素,を多分に含んでいると考えています。では、もう少し踏み込んで具体的に見ていきましょう。

2)ボカシ散布の発祥の地

ボカシ散布の発祥の地は一体どんな所なのか?つまり、当初、‘ボカシや米ぬかが雑草制御に効くようだ,とささやかれ始めた田んぼは(おそらく全国にいくつかあると思われますが・・・)、どんな‘風土(自然条件),の中で育まれ、物理的・化学的・生物的にどんな‘圃場条件,を有している田んぼなのか、ということです。

なぜなら、そのボカシ(米ぬか)散布の技術は、その風土に息づく、その田んぼによって育まれたものであるからです。その技術を支えているのは‘風土,であり‘圃場条件,であるからです(第1章「栽培を始める前に」参照)。

つまり、‘風土,であり‘圃場条件,の考察抜きに、‘場所によりまるで条件が違う田んぼ,に技術を適用させることは到底不可能であるからです。

3)ボカシの効果が出やすい圃場条件 ~田んぼが温かいこと~

では、ボカシの効果が出やすい田んぼとは、一体どんな条件を有しているのか?①畦漏れがない、②水持ちが良い、③用水温が高い、④田植え時期の気温が高い、など一言で言えば‘温かい田んぼ,です。あと⑤粘土を多く含む粘質系土壌(埴土~埴壌土)の方が良いです。

自然農法センターの旧京都試験農場では、平成3年、農家技術であった「レンゲの表層すき込み(3㎝深)」による雑草抑制効果の確認試験を行った後、それからヒントを得て、平成6年より‘田植え後のボカシ散布による雑草抑制効果,について本格的に試験を開始し、レンゲと同様にボカシが表層にあることで雑草を制御できることを確認してきました。その時構築された栽培体系は多くの自然農法実施農家の共感を得ることになり、全国各地にリーダー的存在となる優良事例農家を育んできました。その技術体系は旧京都農場にそのまま活かされ安定的栽培につながりました。農法に対する捉え方の個人差はあれど、私が本書で紹介する技術の基本は、原則それに基づいたものです。

‘田植え後のボカシ散布による雑草抑制,の詳細については、「農業技術大系」に掲載されていますが、執筆者である当時の京都試験農場長の原川達雄氏は、‘水田の土壌条件,として、次のように述べています。

「本除草法は、稲作ができる気候であれば基本的にどこでも可能であるが、ボカシ肥散布時の田面水温が容易に30℃近くになるところで効果が期待できる。
除草効果を高めるためにも、水持ちの良い水田が効果的である。日減水深は2㎝未満が望ましい。下層土に礫がある土壌や火山灰土など減水深の大きい水田では効果が劣るので、水持ちを良くする畦管理が特に重要となる。」(前掲書「EMボカシ肥(発酵堆肥)の利用」より)

旧京都農場の水田は、標高100mに位置し、粘土質土壌(細粒褐色低地土/埴土)で、元来水持ちが良く、用水温も比較的暖かく(田植え時期/朝およそ20℃)、かつ5月下旬から梅雨入り前の6月にかけて田植を行います。

すなわち、京都農場における‘田植え後のボカシ散布による雑草制御,は、遅植え(高温、梅雨寸前)、粘土質土壌、水持ちが良い、用水温が20℃である、等の一定条件の上に成立しているということです。つまり‘田んぼが温かいということは、極めて重要なポイントなのです。

4)ボカシによる雑草制御の実際

(1)技術の土台部分

では‘ボカシ散布による雑草制御,の実際について見ていきましょう。

図9を見て下さい。これは自然農法センター旧京都農場の雑草制御水田における日々の観察から感じた雑草制御の構図(メカニズム)を図に表したものです。基本は育土で、働きの中心は表層にいる土壌生物であり、直感的に観察できる現象はトロ土と濁り水という構図です。

自然農法無農薬栽培田における雑草制御のメカニズムについての概念図

図9 雑草制御のメカニズムについての概念図(京都農場の場合) *①②③を土台に、耕種管理に起因した物理的・生物的・化学的な要因が複合的・立体的に絡み合う。

まず①‘育土,は大前提(基本)です。雑草対策の成否は、田植え前の植え代かき終了時点、つまり田植え時期の土の状態で十中八九決まっている、と言っても過言ではありません。一定量の腐植が存在し、かつ一定量の有用微生物群の働きが伴ってこないと話は展開していきません。前述したように、腐敗土壌への有機物の散布はむしろ逆効果になる可能性があります。

②‘深水代かき,の利点も前述した通りです。まずは沈降速度の差を利用してトロトロ層の形成を促進します。同時に表層微生物の活性を高め、トロトロ層の形成をより高める効果が期待できると推測されます。

③次に水持ちの確保です(要点は‘畦作り,と‘代かき,の項を参照)。先に述べた通り、‘田を温める,ということです。‘温かい田んぼ,は微生物の活性が高いのです。つまり同様な観点から、田植えおよびボカシ散布時期の晴天(温度上昇)も極めて重要な要素になってきます(④)。

上記①②③は前述してきたように水田稲作の最も土台となる部分です。繰り返しますが、自然農法水稲栽培の成否は、この‘土台部分,でほぼ決まってきます。ボカシや米ぬかの田面散布は最後の‘仕上げ,みたいなものです。

田植え時期における最高の土の状態とは、必要充分な腐植があり、田面水が温かく、有用微生物が十分に生息活動している、もしくは十分に生息活動できる下地が整っている状態です。具体的には、表層の土は既にトロ味を帯びた状態になっている場合がほとんどです。

すなわち、ボカシや米ぬかを散布する前に、この‘舞台,を十分に整えておくことこそが、この技術(ボカシ散布)を成功させる上で最も核心となる部分です。極論すれば、ボカシ散布に頼らなくても雑草が発生してこない程度にまで‘土の力,を高めておくことが理想です。話を進めましょう。

(2)育土への連動

さて、最高の舞台が整いました。腐植が多く、土がトロトロし始めている、有用微生物の活性が高い、温かい田んぼに、ボカシや米ぬかなどの易分解性の有機物を散布すればどうなるでしょうか?

結果は見るまでもありませんが、ボカシや米ぬかを基質(エサ)に微生物の活性はより高まり、さらにミジンコや豊年エビやイトミミズなどの土壌生物もどんどん加わり始め、トロトロ層は質量共により豊かになり、土の状態はより安定的な様相を示すようになります。‘育土,への連動です。

ここには、雑草が発生する余地(要素)はほとんど見当たりません。おそらく、‘還元化,や‘有機酸の発現,も伴っていることでしょう。田んぼによっては、最初田面水が白濁しますが(悪臭なし)、日が経過するにつれ、白色から茶色系へと色感と深みを増していきます。以上が、‘有機物が生命循環の輪に見事に取り込まれていくような感覚を覚える田んぼ,の実際です(写真23)。

自然農法無農薬栽培の雑草制御水田の様子

写真23 田植え後19日の様子(田植え直後ボカシ散布)。水の濁りは、透明色から白濁、そして赤みを増し、徐々に深く濃く安定感を増した。エラミミズの生息数は多く、トロトロ層の発達は著しい。微生物の活性の高さを肌で感じる田んぼ。(2007年6月23日 旧京都農場にて撮影)

(3)ボカシ散布は力技にあらず

つまり、ボカシ散布はけっして‘力技,ではありません。図9で示したようなつながり(連動)がなければ決して成り立ちません。

一方、除草剤の特性としては次のように述べられています。

「除草剤は、雑草の生理生化学的機能を阻害し、生育を抑制あるいは枯殺することにより制御し、作物が雑草との競合に打ち勝つように働く。除草剤は植物体組織と接触し、体内へ浸透し、吸収される。次いで作用部位へ移行し、酵素や生体成分と結合してそれら及び細胞や器官の機能や構造を阻害・かく乱し変化させる。生育に必須あるいは重要な働きをしている代謝系の酵素や生体成分の機能が阻害され、細胞分裂阻害、構造や形態的障害を受けることにより作用性が現れる。」(社団法人日本植物防疫協会発行2005「植物防疫講座 ―雑草編―」より)

つまり除草剤は‘力技,です。‘除草剤,と‘ボカシ散布,は、極めて対照的なものです。雑草を制御する目的で田んぼに散布するものでありながら、‘似て非なるもの,なのです。これは栽培を実施する上での極めて重要な観点です。

他では、水管理(図9⑤)は、ヒエが発生しない田んぼであれば、田面が出ない程度でおよそ5cm程度の湛水状態をキープし、ヒエが発生する田んぼであれば8~10cmの深水状態を維持します(後述)。また、適度な降雨により水面が叩かれ、かつ水位が保たれると、用水から新しい水を入れる場合より、濁りが発生しやすく、かつ表層生物の働きも活性化するような気がします(推測)。いずれにせよ、天候は重要な要素になってきますので、天候を要素として積極的に組み込んでいくことも重要です。

5)様々な圃場条件にどこまで対応できるか?

(1)ボカシを工夫する ~田んぼに合わせる~

では圃場の条件が変わってくれば、この技術(ボカシ散布)はどこまで対応可能でしょうか?例えば、ボカシの効果が出にくい圃場条件、つまり‘冷えた田んぼ,の場合などです。

繰り返しますが、第一は技術の‘土台部分,をしっかりさせることです。育土が進めば、それに伴い雑草の発生は減少してきます。‘土を育てる,ことに専念することに変わりはありません。併せて、畦作り、均平化、適度な透水生の確保にも気を配り、田んぼを極力温めるように工夫します。

しかし、‘様々な技術の要点,をすべて押さえたとしても、気温、地形、用水温、土壌の種類など自然条件が及ぼす影響は極めて大きく、圃場ごとに特性は大きく異なってきます。「ボカシ散布技術は、様々な圃場条件にどこまで対応できるのか?」そのポイントは、散布するボカシの種類を田んぼに合わせて変えていくこと、つまり‘田んぼに合わせていく,という考え方です。

(2)立脚点は微生物の活性化 ~ボカシを使い分ける~

ではどのように工夫を加えてやればいいのいか?雑草対策として、現在最も多く使用されている有機物は、おそらく米ぬかや短期発酵型のボカシだと思われます。これは地域の指導的立場の人の影響が表れている場合もあります。しかし、序章で少し触れたように、私が東北の現場を回っていた頃、長期間じっくり熟成させたボカシを使う事例が数例あり、一定の効果が見られていました(写真24)。中には「短期より長期に熟成させたボカシのほうが良く効く」と言われる農家もいました。この東北での体験がずっと心の中に残っていました。

自然農法の雑草対策用の長期熟成EMボカシ 水深10cm(自然農法無農薬米を育てる田んぼにて)

写真24 東北の農家(宮城県古川市)が雑草制御に使っていた長期熟成EMボカシ(米ぬか50%、大豆かす50%)。何とも言えない良い香りがする。散布後に腐って臭うことはない。右写真は、田植え後19日の様子(水深10㎝)。

話は全然違うところに飛びますが、魚釣りは相手(魚)をその気にさせないと釣れません。魚の活性(食い気)は、天候や水温、水の流れなどちょっとした状況の変化で目まぐるしく変わってきます。魚の活性が上がってこない時、釣り人は手を変え品を変え、魚の食い気を誘います。例えば、大きい餌を少し小さくしたり、固い餌を柔らかくしたり、またより良い匂いがするものに変えたり、という風な具合です。

つまり、とことん、自然の変化(魚)に合わせていくしかありません。自然の状況を敏感に察し、堪を働かせていく必要があります。水稲栽培とは一見無関係のような話ですが、魚=(イコール)微生物、つまり餌で魚を誘うことと、ボカシで微生物をその気にさせることは、感覚的には同じではないかということです。

「雑草対策における立脚点は、‘排除,ではなく、‘育土,にあり、ボカシによる雑草制御は、土壌生物の活性化に伴う土壌の活性化(土が良くなること)に直接的に連動することによって可能になる」という観点に立つならば、微生物の活性が低い‘ボカシの散布効果が出にくい,冷えた田んぼでは、活性が低い微生物の食い気を誘うには、より柔らかく、より小さく、より良い匂いがするもの、つまり生に近いものより、アミノ酸、糖類、ビタミン、生理活性物質、各種酵素などを多く含んだ長期間熟成させたボカシの方が適しているのではないかという考え方(視点)です。

さらに、有用微生物が本来土中で行う働きを事前に栽培者の方で代替えしておくという考え方もできます。逆に有用微生物の活性が高い、食い気満々の‘温かい田んぼ,では、生または短期発酵ボカシの方がむしろエネルギー量が多く好都合だと考えられます。同様に田んぼの自然農法歴による‘使い分け,も十分想定されます。(→後述参照:土ボカシ)

現場における十分な検証を行うことはできなかったため、説得力を持つものではありませんが、ここでお伝えしたいことはただひとつ、熟成期間や材料(C/N比や窒素%など)を工夫して「地域や田んぼごとにボカシを使い分けてみる」という視点です。自然農法の栽培を行う上で最も大切なことは「方法にこだわらず、田んぼに合わせてみる」という視点(考え方)だと私は思っています。

以下(3)研究視点<紹介1>と

(3)研究視点 <紹介1>

以下は研究論文的内容になっています。

そこで、自然農法センター農業試験場(長野県東筑摩郡波田町)で実施された示唆に富む研究が報告されており以下に引用抜粋して紹介したいと思います。(岩石真嗣、加藤茂「雑草の発生を反映した代かき湿潤土壌の可給態窒素量」より:日本有機農業学会編「有機農業-岐路に立つ食の安全政策」コモンズ2003に所収)

試験は、標高685mの黒ボク土(除草剤を含む化学合成農薬と化成肥料を一切使わずに30年以上が経過)および標高665mの灰色低地土(同10年以上が経過)でコシヒカリを栽培して実施されました。「灌漑は梓川水系の用水で、栽培期間中の水温は14±1℃であった」としています。

結果ですが「Wav-N※とWc/Rc※は正の相関関係にある」(※WaV-N:湿潤土で分析した可給態窒素で供給源は未分解の残存有機物 ※Wc/Rc:雑草/水稲被度比、雑草は浮き草類・藻類は含まない)こと、「試験区全体での測定値は、田植え2週間後のWav-N(5~9cmの深さ)が除草に要した時間合計と高い正の相関関係にあった」ことなどを明らかにした上で、「無機化する窒素(Win-N※と Wav-N)の合計が大きいほど、植物群落の生育量が大きくなる。だが、水稲が利用しやすい窒素形態で~すなわち初期のWin-Nが大きくWav-Nの減少が速やかに起こることで~雑草発生量や雑草害の程度が低下すると考えられる。

雑草抑制のためにWav-Nが小さくWin-Nが大きくなることが必要だと仮定すると、初期のWin-Nが大きくWav-Nの減少が速やかに起きた灰色低地土は、黒ボク土に比べると雑草抑制しやすい土壌である」(※Win-N:湿潤土で分析した無機態窒素)としています。すなわち「雑草害の抑制には、Wav-Nの割合をいかに抑え、速やかにWin-Nに移行させるかという視点で、有機物の利用方法を検討できる。たとえば、供試圃場の黒ボク土では、有機質施用量を増やせば簡単にWin-Nが大きくなる反面、Wav-Nの変動も大きくなる。したがって、熟成した堆肥などのすき込みを主として、未分解の有機質の施用を避けることが、雑草抑制につながるとみられる。また、灰色低地土では、有機質施用に伴うWin-Nの増加は大きくないが、Wav-Nの増加割合も抑えられる。それゆえ、未分解有機質の表面施用量を増やすことで、安定した雑草抑制効果が期待できる。このように、土壌条件に合わせた有機物の分解程度や施用法の方向性が見極められると思う。」と考察しています。また「供試圃場の灌漑水温度である14℃は、冷水害の発生する水温基準17℃より低く、地力窒素発現開始温度零点である15℃を下回っている。この用水を利用した水田は初期の有機物分解が抑制されやすく、地温や透水性など変動要因の影響が大きいと推定される。また、長野県は標高700m以上を境に準高冷地に分類され、供試圃場は全国的に見ると冷涼な気候帯に位置づけられる。そのため、気温や水温の高い地域ではWav-Nが制限要因とならない可能性がある。」としています。

つまり、当研究は、黒ボク土と灰色低地土における有機物施用に対する反応の違いを明確に示し、特に冷涼地帯における黒ボク水田では、灰色低地土水田に反して、田植え後の未熟有機物(米ぬかやボカシ)の施用は、むしろ雑草の発生を助長する可能性について指摘しています。

これは本書でこれまで述べてきた‘有用微生物の活性化,という視点だけに留まらない違った切り口であり、現場の観察からは到底分からない細部にまで手が届く、研究者ならではの切り口(視点)だと思います。私自身、農家現場で山間に位置する‘冷水黒ボク水田,で悩まされていた時、この研究によってどれだけ助けられたか分かりません。黒ボク土と灰色低地土における有機物施用に対する反応の違いにまで考えが及ばなかったのです。

ちなみに当研究報告の冒頭では、(前研究報告を受けて)理想的な土壌として次のように述べています。

「表層(0~2cmの深さ)土壌に植物遺体の蓄積があり、未分解有機物が豊富な状態である。次に、表層(2cmの深さ)を除く作土は未分解有機物が少なく、水稲根系の発達に適した土壌窒素肥沃度をもち、孔隙に富み、根の伸長を妨げない土壌構造をもつ。そして、土壌の攪拌移動を頻繁に行う水棲ミミズなどの活動量が豊富で、土壌微生物相が水稲生育に適しているものと仮定した。こうした化学的にも生物的にも、そして物理的にも豊かな土壌特性を示す水田が、稲には好適で、雑草には抑制的な土壌である。」(岩石・加藤2003)

(4)冷水黒ボク水田に対応する ~土ボカシという発想~ <紹介2>

いろいろな田んぼを見てきましたが、最も難度が高い田んぼは、山間に位置する‘冷水黒ボク水田,であると考えています。自然農法センター水稲チームは、上記研究を踏まえ、この最高難度と考えられる‘冷水黒ボク+(アルファ)水持ちが悪い,田んぼ(標高685m、用水温14℃)で雑草制御を成し遂げています。土と有機質(ボカシなど)を半々(同容量または同重量)に混ぜて発酵させた‘土ボカシ,を入水直前に散布し、浅く(5~7cm)ドライブハローですき込んで、すぐ入水代かきするというやり方です。この方法については、現代農業2007・10月号(岩石真嗣<土ボカシでつくる「雑草のヤル気が出ない田んぼ」>)に掲載されており、詳細については当記事にあたっていただきたいと思いますが、ここでは一部立脚点を中心に引用抜粋して紹介したいと思います。

・「土ボカシにする狙いは、生の有機物はなるべく分解して微生物の体に取り込んでもらい、溶け出た養分は土に充分吸着してもらって、「肥沃な土」の材料をつくることである。さらに、入水後の土壌中での急激な分解や有機酸の蓄積を避け、水田の多くの微生物が穏やかな働きをすることで、栄養は豊富、かつ水稲にストレスを与えない土の状態をつくることである。」
・「『すべての雑草がヤル気を失って二度寝してくれる田んぼ』の鍵を握っているのは、『肥料のいらない肥沃な土』だ。」
・「肥料をたっぷり含んだ痩せた土や、肥料が少なくても生物活性の低い痩せた土では雑草は目を覚まして活動を開始する。(中略)施肥法や耕起法に気を配り、肥料など雑草の興奮・覚醒剤を減らし、肥沃な土という安眠ベッドに誘うことが、その一つの答えである。」
・「このような理想的に肥沃な土は、通常、毎年の適正な耕耘・代かきと組み合わせて、長い年月の努力の結果出来上がる。土の構造や有効腐植の蓄積に加え、生物の安定的なチッソ固定能(空中チッソの固定の他、無機チッソを吸収・抱えてくれる能力も)などを備えた土。肥料が無くてもイネを育てられ、肥料利用率の高い土。ここでは、肥料で雑草を大きく育ててしまうという問題は起こらない。つまり『肥料』ではなく『肥沃な土』そのものでイネを育てることが基本で、それに倣って肥沃な土の一部を土ボカシで代用するのである。」
現代農業2007・10月号(岩石真嗣<土ボカシでつくる「雑草のヤル気が出ない田んぼ」>)

この土ボカシを活用する方法は、一見‘肥料観念,に陥っているように受け取れますが、状況(風土)を見極め‘土,に焦点を当てています。立脚点の取り方は高度と言えるかもしれません。正直なところ、‘土ボカシ,については当初、特に労力的な面から否定的な見方をしていましたが、山間に位置する‘冷水黒ボク水田,に対する明確な改善提案が出せない日々が続く中で行き着いた答えは、‘土ボカシ,は現段階で考えられる最も適切な方法のひとつになるかもしれない、ということでした(農家の賛同も得ましたが諸事情により結局現場では試すことはできませんでした)。

また岩石研究員は「土ボカシ投入水田では、土のほうの代表菌と、ボカシに添加した発酵微生物との話し合いがすでにすんでいる。不思議なことに、土ボカシはその田にじつになじみがよいのである」と述べています。この‘感覚,と前述した‘有機物が生命循環の輪に見事に取り込まれていくような感覚,は、どこか通じ合ったものがあるような気がします。自然農法は、実施者の自然観や人生観が色濃く反映されてくる側面があると考えていますが、それゆえに自然農法の捉え方は多少なりとも人それぞれに違いがあります。しかしすべての‘立脚点,は「‘自然の摂理,や‘土の力,をいかに捉えればいいのか?」そこに集約されてくるのだと思います。

6)技術的補足

(1)ボカシ散布時期

雑草対策として田植え後に行うボカシ散布は、コナギ等種子雑草の発芽前に実施することで最も効果があがります。種子の発芽に要する期間は温度が高いほど短くなりますので、一般的に西南暖地では植え代後3~4日以内に、寒冷地では植え代後6~7日以内を目安に散布します。起点はあくまで植え代日です。田植え日ではありません。雑草発芽後のボカシ散布はかえって雑草の生長を促す場合がありますので注意が必要です。

しかし、ある程度育土が進んだ圃場では‘追いまき(2回目の散布),という形で田面水の濁り(微生物の活性)を維持し雑草を制御する方法もあります。田んぼの状況次第です。

(2)ボカシ材料

ボカシに使用する材料の配合割合ですが、米ぬかに、油カス、魚カス、大豆屑といった窒素(N)成分を多く含んだ資材を混ぜて、N5~6%に調整したものがよく使用されています。

自然農法無農薬水稲栽培における雑草対策用ボカシの窒素%の求め方

(3)ボカシ散布量 

散布量は、窒素成分に換算して3~4kg/反を目安にします。例えばN6%ボカシの場合だと50~66kg、N5%ボカシでは60~80kgになります。

コラム8

未熟なものは表層に
自然農法センターにいた頃、恩師(原川達雄氏)から耳にタコができるほど聞かされ続けた言葉があります。
①田面に未熟有機物を置くこと(未熟なものは表層に)
②作土全層に腐植を増やし未熟な有機物がない状態にすること、の2点です。
土中の未熟有機物が少ない腐植の多い土壌に育て、田面に未熟な有機物を置くことにより、多様な生物が住む圃場環境が整い、稲の根張りが良くなり、過不足のない養分が供給され、雑草は少なくなり、病虫害が減少し、食味や品質も向上する、と教わりました。
①未熟な有機物(ボカシや米ぬか等も含む)は春に極力すき込まない
②秋処理を大切にする
③ボカシは田植え後に田面に散布する、等の技術も要点は全く同じです。圃場条件は様々ですから技術(方法)に固執する必要はありませんが、立脚点の取り方は基本的に変わらないと思います。
少し話が飛びますが、前述したように、そもそも有機物は肥料よりも土壌生物のエサという側面の方が強いように思われます。ゆえに有機物は、土の力(微生物)を養う感覚で施用すると良いと思います。稲は‘土の力,で育つのです。

コラム9

生命のゆらぎ
私事になるかもわかりませんが、私は自身の自然農法観を形成する上において、当初より、ある一人の風景画家の影響を強く受けてきました。‘祈りの画家,とも呼ばれ多くの人に愛されてやまない日本画の巨匠、東山魁夷画伯(1908~1999)その人です。日本初のノーベル文学賞受賞作家、川端康成(1899~1972)は、その卓越した審美眼により、後に国宝となる池大雅と与謝蕪村の合作「十便十宜図」や浦上玉堂「凍雲篩雪図」を所持するなど芸術への造詣も深く、東山魁夷と親交があったことがよく知られています。東山魁夷芸術への賛辞を惜しまなかった川端康成は、次のように述べています。

「もっとも高い芸術はすべてそのやうに、人の魂の底にしみて、霊を目ざめさせるものでなければならぬだらう。短い時間の美感に訴へるに終つてはならぬ。(中略)今日大方の芸術の命数も短くなった。東山さんの風景画は、おそらくもつとも永く生きまさる現代絵画と、私は信じる。」「(前略)古今のすぐれた画家の作品がさうであるやうに、見慣れてしまふということはなく、時によつて、むしろいつも、新しい見出しを感じる。」(「川端康成と東山魁夷 響きあう美の世界」求龍堂2006より)

自然農法創始者岡田茂吉もまた芸術への造詣が極めて深いことで知られ‘高い芸術は人の魂を清め高める,ものとして、自ら美術館の建設を手掛けるなど(箱根美術館やそれが基となった熱海のMOA美術館がある)、芸術に親しむことへの大切さを強く説きました。

自然農法の雑草対策における立脚点は‘排除,ではなく、‘土を育てる,方向にあり、‘育土,が進んだ良い土には、‘本来土を肥沃化させる働きを持つ,雑草は生えてくる必要がないことについて述べてきました。‘トロ土,は土壌微生物が嬉々としている生命感溢れた土だろうと思われます。

芸術家というのは、ある意味、自然の摂理や、生命の奥深さや深淵さ、その輝きや情感といったものを、例えば一枚の絵画に抽出させ、凝縮させることができる極めて稀有な感性(才能)を持った人達ではないでしょうか。東山魁夷の絵に描かれた木々は(壁や敷石さえも)、その一本一本に生命感が溢れ、どれも無駄がなく、つながりを持ち、調和していると感じました。その親密なつながりと、絶妙な調和感が漂う中に、‘生命の確かなゆらぎ,を感じました。私は東山魁夷の絵によって、その時、田んぼの土も同じく、あらゆる生命のつながりと調和の中において‘ゆらいでいる,のだと直観しました。この‘ゆらぎ,ある生命感溢れた土に雑草がいっぱい生えようか?この土に一体他に何が必要だというのか?

自然農法は、やはり‘生命(いのち),の農法です。トロ土はおそらく微生物達の‘ゆらぎ,により、一瞬たりとも同じところには留まっていないでしょう。ゆえに例えば‘ボカシ散布,は、雑草を決して抑制せず、土の生命の根本に届いていくものであると思っています。いや、届くものであって欲しい、これは私の自然農法へ込める‘祈り,なのかもしれません。
~あらゆる生命が調和し密接なつながりを持つことによって奏でられる生の讃歌が、ほのかに、静かに、しかし何よりも確かに、生き生きと胸に迫ってくる~

上記コラム9(当拙著)は自然農法センターを退職した直後(2008年春頃)、ちょうど11年前に書いたものです。今読み返してみると少し首を傾げたくなるところもありますが、コラムはそのまま掲載しています。農家になり“雑草は自然の象徴”だとつくづく思っています。色々な意味において雑草を捉えることは簡単ではないと思います。